おはようございます、荒木でございます。
昨日は知人の方のお家で2時間ほど薪割りのお手伝い。
私(荒木)の実家の風呂はなぜか薪を焚いて沸かすものであったため、小学校の頃は結構、薪割りをやっていました。
約30年のブランクがありましたが、やってみると昔の感覚が戻ってくるようで楽しくやらせて頂きました。
(張り切ってやり過ぎたせいで、今朝、起き上がれなかったのはご愛敬です(笑)。)
さて、最近よく考えるのが、「貯金と借金について」。
私(荒木)自身、金銭的な借金はそれほどないのですが、預貯金については弁護士業というビジネスモデル上、わりと変動します。
そして残高が心もとなくなってくると意識がそちらに向いてくるのは人間の性として仕方ないのかも知れません(汗)。
「貯金と借金」というのはもちろん金銭的なものを指すのが本来的ですが、比喩的に用いられることも少なくありません。
プロ野球などでは、「貯金○」「借金○」という形で当然のごとく勝ち越し数、負け越し数を表すものとして使われています。
これと同様に、金銭面以外についても個人における「貯金」「借金」という概念を観念することができます。
例えば、仕事における「貯金と借金」。
仕事を前倒ししてこなしているのであれば「貯金」、仕事が遅延しているのであれば「借金」として見ることができます。
また、人間関係における「貯金と借金」というのもあります。
他人に対して貸しが多ければ「貯金」、仮が多ければ「借金」というわけです。
では「貯金と借金」を基準とすれば、どんな人生がいいか。
もちろん「貯金」が多い人生のほうがいいですよね。
「貯金」を多くして、余裕のある人生は何かと生きやすいものです。
これに対し、「でも、そんな簡単に貯金なんてできないよ。」という声もあるでしょう。
これについては、「ダム式経営」を提唱した松下幸之助の逸話があります。
「ダム式経営」とは、会社経営において資金や設備等に常に余裕を持たせておき、景気や経済情勢の変動に対応できるようにしておく仕組みです。
まさしく「言うは易く行うは難し」といったものですが、松下幸之助のある講話に対し、受講者が「ダム式経営をしなければならないのはわかるのですが、そのような余裕がないから困っているのです。どうすればダム式経営ができるのでしょうか。」と述べたところ、松下幸之助が述べたことが「まず願うことですな。願わないとできませんな。」ということ。
これがまさに人間の意思決定の本質を突いたものと言えるのではないでしょうか。
金銭的にも、仕事においても、人間関係においても「貯金」の多い人生。
そのことを意識してみるだけで日々の生活における物の見方は変わってくるのではないでしょうか。