こんばんは、荒木でございます。
昨日は社外取締役を務めているエコミックの取締役会、監査等委員会など。
午後からは講演会への出席、ジムでの筋トレと充実した一日でした。
さて、今日は専門家として考えていることを1つ。
専門家として何が一番大切か。
これというのは専門家たるもの、誰しもが1度は考えることでしょう。
それというのも、専門家として専門能力を発揮するためには様々な条件が必要であり、日々の仕事がまるで専門性を感じられない作業ばかりになってしまうことが往々にしてあるからです。
そのような中で、専門家としての矜持をいかに保つか、ということがカギになってきます。
私(荒木)が一番大切にしているのが、「あらゆる結果を引き受ける」ということ。
すなわち、自分がかかわったことすべてに対して責任を取ろうと考えることです。
こう考えると、
訴訟に負けるのも自分のせい、
取引がブレイクするのも自分のせい、
作った契約書をもとに紛争に発展するのも自分のせい、
ということになりますが、これってめっちゃ辛いわけです(汗)。
そんなに責任を引き受けるよりも、自分のせいじゃないと思うことについては
「は?そんなこと知らんがな(´・ω・`)」
と思っていた方が気楽なように思えますし、実際に関わったことすべてに責任を負わなければならない義務もありません。
弁護士の負っている義務というのは、結果を必ず有利にしなければならないという「結果債務」ではなく、結果いかんにかかわらず一定のやるべきことをやるという「手段債務」に過ぎないからです。
実際、数多くの弁護士はそう考えているでしょうし、それで問題があるものでもありません。
しかし、自らの仕事に対して使命感を持つと、自分のせいであれ、そうでなかったとしてであれ、悪い結果に転んだことに対して居心地の悪さを感じざるを得ないものです。
例えば、捨て猫の入れられた段ボール箱の前を素通りしていくときの感覚に近いのかも知れません。
自分が捨てたわけでもないのに、自分もそれに加担しているような感覚です。
そんなわけで、私(荒木)の1つのこだわりというのは、「どんな案件でも最後まで責任を持つ」ということです。
もちろん、全部の案件がうまく行くわけではないですし、むしろ筋悪の案件などでは勝つ方がおかしいのだってあります。
そんな中でもできる限りのことはや遂げようと思っているものです。
そんなこともあり、結構、他の弁護士が担当していた案件が、担当替えとして依頼を受けることも多いように思います。
いまやっている案件は過去に2人の弁護士が辞任した案件。
辞任したのがどんな理由だったのかは判然としませんが、案件の内容を見ていて、弁護士が途中で手を離した感は否めない部分があります。
この案件に関してもやはり「結果を引き受ける」覚悟で臨んでいます。
それというのも、私(荒木)まで辞任してしまえばこの依頼者の方が行き場を失ってしまうからです(まぁその分厳しいことも言っているわけですが。)。
何だか深夜のハイテンションに任せて筆が滑った感じもありますが(汗)、たまには真面目に仕事論を語ったものとしてご笑覧頂けたようであれば嬉しく思います。