投稿日:2020年10月28日

【札幌 弁護士コラム】NIMBY症候群とコロナ叩きに見る人の認識の主観性とは

こんばんは、荒木でございます。

 

今日は朝から北海道M&A協会の会員様との情報交換会、つなぐ相続アドバイザーズの打合せ、午後はM&Aに関するセミナーの受講、その他裁判関係の書面作成を行っていました。

 

さて、ものの見方、考え方というのはひとそれぞれであり、時と場合にもよります

ただ間違いないことは人がものを見る以上、必ずバイアスがかかるという事実です。

どれほど精神修養をしようが、どれほど勉強を重ねようが、主観というものを排除できない以上、バイアスからは逃れられません

 

その中でとりわけ大きいと思われるバイアスが、「総論賛成、各論反対」というものです。

 

以前、ロースクールの環境法の授業で習った言葉で「NIMBY症候群」というものがあります。

これは「Not In My Back Yard」の略で、ごみ処理施設等の嫌忌施設がどこかには必要と認めつつも、「自分ちの裏庭にあったらやだなー。」ということで建設に反対するような言い方を指します。

最近だと寿都町の高レベル放射性廃棄物の最終処分場設置に関する議論などもこれに含まれるものです。

すなわち、原子力を使うかどうかはおくとしても、生活を送るのに電力が必要であることは誰しも認めているところ、発電の結果出てきたゴミについては自分のところに来てほしくない、という心理が働くわけです。

 

同様の事例が「コロナ狩り」です。

地方だと特に厳しいと言われていますが、コロナに感染した人を公然と叩くということが未だに行われています。

この騒動を見ていて思い出したのが、ハンセン病患者に対する差別的待遇です。

もちろん、伝染の可能性について際はあるとは思いますが、抽象化していうなれば「病気にかかったことをもって悪として差別をすることは許されない。」という一般的な認識をもっていたとしても、いざ身近にコロナの陽性者が出たとすればそのような常識は吹っ飛び、悪として罵り、叩くわけです。

 

歴史は繰り返すわけですし、人は歴史に学ばないということがよくわかるわけですが、一歩引いて客観的に見るということができないのが人間の性なのかも知れません。

ここで考えておかなければならないのが、「自分が頑張れば客観的な目線を持つことができる。」、ということではなく、「自分がいくら頑張っても、純客観的な目線で物事を見ることはできず、常に自分が客観的には誤った認識を持っているのかも知れない。」ということを意識することではないかと思うわけです。

そうすると自らの意見を強弁することもなくなりますし、他人の認識が誤っているとして軋轢を生むこともなくなるわけです。

 

客観的な目を持つのは無理であり、主観が排除できない自分を認める

 

このことは何をおいても常に意識しておかなければならないものではないでしょうか。

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