こんばんは、荒木でございます。
今日はコロナの影響で何も予定が
ないと思っていたら、午前中に
司法修習生の訪問の予定を
失念していました。(笑)
本当にすみません!汗
午後は訴状と契約書のドラフトに
勤しんでおりました。
さて、今日の司法修習生の訪問は
実は頼みごとがあってのことでした。
私(荒木)の責任範囲内で解決
できることについては快諾した
ところ、もう一つ頼みがあると。笑
なかなか肝が据わっとるな、と。爆
内容を聞いてみると、○○省と、
シンクタンクである○○社と
つないでくれと。汗
なかなかの青年です。
そんなわけで私(荒木)の持てる
つながりを使ってアポを取るべく
連絡を入れさせて頂きました。
司法修習生の制度をご存じない方も
いらっしゃるかもしれませんが、
弁護士(などの法曹)の卵で、
一応、国家公務員の扱いを受ける
立場にあります。
しかし、その実はなかなかに
抑圧された部分もあるような
立場にある人たちです
(私も10年ちょっと前に経験して
おります。)。
そんな立場の人から依頼されたら
動かずにいられるはずがありません。
一も二もなく、即行でアポを入れた
次第です。
ただ、このようなことは若い時にしか
許されないことなのかもしれません。
私(荒木)の年や立場になって、
同じことはできないのかも知れません
(自己限定をするな、というのは一理
ありますが…。)。
ともあれ、若くて、確たる立場もなく、
模索的に動く状況であるならば
手当たり次第に動くことはしかるべき
ではなかろうかと思っています。
時には礼儀を欠いてもやむなしですし、
時には多少の迷惑をかけてもオッケー
なのではないかと思っています。
それくらいのバイタリティーがあるの
ですから、それを開放しない方が
社会にとっては害悪なのです。
そんな感じで思っているのですが、
動くにしても1つだけ守らなければ
ならない原理があるのではないか、
と思っています。
それが、
「返報性の原理」
というものです。
Wikiによると、
「人は他人から何らかの施しを
受けた場合に、お返しをしなければ
ならないという感情を抱くが、
こうした心理をいう。」
とされています。
これだけ見ると極めて経済的な
要請のようにも見えますが、
応用すれば、必ずしも金の話
だけにとどまりません。
そもそも金で返せない状況に
あることが大半であるといっても
いいでしょう。
では何か、ということですが、
「借りた恩は返す。」
ということを実行する必要がある
ということです。
これは恩着せがましく言っている
のではなく、借りた恩を返す力が
ないのであれば、社会の一翼を担う
ということは難しいということを
言っているわけです。
私(荒木)も恨みつらみをいう
わけではありませんが、正直な
ところ、自分が何かの価値を
提供して、それに対するリターンが
なかったということは記憶に
残っているわけです。
一方で、自分が価値を提供した
つもりがあること以上にリターンを
頂くこともよく覚えているわけです。
なお、ここでいう「リターン」と
いうものは必ずしも金銭的なもの
だけに限られません。
もちろんリターンがなかったからと
いってそれだけでその人を蔑視する
わけでもありませんし、失望する
わけでもありませんが、じゃあ
フラットな状態で誰と付き合うか、
と問われたとするならば、
確実にリターンを頂いた方を選ぶ
ことになります。
繰り返し述べますが、これは
経済的な問題ではないのです。
心意気として、頂いた価値を
返す気持ちがあるか。
いかにオンライン化が進もうとも、
そうした人の気持ちは
陳腐化することはないですし、
捨象されることはないはずで
あると信じています。