投稿日:2019年01月12日

【札幌 弁護士コラム】長谷川豊さんのお話を聞いて:世界認識が情報処理の優劣を決める

昨日は、東京で北海道出身の経営者が集まる道産子社長会という会に出席し(私(荒木)は北海道出身ではありませんが、潜らせて頂きました。)、元フジテレビアナウンサーで現在は経営コンサルタント、来期の参議院議員選に出馬予定の長谷川豊さんのお話を聞いてきました。

内容としては、マスコミがいかに報道する内容を作っているのかという、マスコミの裏側のお話でした。

ここで書けること書けないことがありますが、概していうとすれば、マスコミも株式会社であり、利益を出さなければいけないという前提があるのであって、スポンサーには逆らえない現実があるということです。

そのような前提に立つとすれば、マスコミが報道することには必ず裏の事情があるということです。

その裏の事情を理解しているかで、情報をどう噛み砕くかが変わってくるわけです。

このようなことは単に情報をどう受け止めるかということだけではなく、日々現実をどのように認識するのかという問題と深く関わってきます。

すなわち、日々生きていく中で目に入ってくるもの、耳で聞こえるものを素直に受け止めて良いのか、それとも疑ってかかる必要があるのか、ということはその裏側にある世界認識に関わってくるわけです。

この世界認識が不十分であれば物事の解釈を過つ可能性が高くなります。

このため、いかに多くの情報を取り入れたりしていても、その背景にある世界認識が十分成熟していなければ、バグのあるアウトプットしか出てこないことになります。

世界認識というものは非常に重要であるにもかかわらず、十分に意識されているものとはいえません。

やってもやっても結果が出なかったり、思った通りにならなかったりすることがあるとするならば、一度は自分の世界認識を疑ってみる必要があります。

逆に、世界認識が正確であれば、1つの情報に対して世界認識がフォローアップして解釈がなされることから、物事の把握や理解が非常にスムーズに進むことになります。

その意味で「一を聞いて十を知る」ような人は、例外なく世界認識が優れているといえます。

このように世界認識に対しては常に敏感である必要があることを強く痛感した1日でした。