投稿日:2017年08月20日

【札幌 弁護士コラム】いかに外部環境の荒波に処していくかということ

今日は恒例の滝行でした。

先月から大滝(落差13m)を取らせて頂いていますが、今日もその圧倒的な迫力を体感してきました。

 

私(荒木)はかれこれ1年半にわたって滝行を行ってきましたが、目的というのは正直なところ明確にはなっていません。

しかし、それはそうあるべきと思っているところで、滝行は非日常の世界を体験することに意味があると思っています。

そのため日常の基準に置き換えて何かを得られるようなものは想定されていません。

滝行を続ける中で何かしらを感じ、何かしら日常に活かせるものがあればと考えています。

 

そのような中で私が意識しているのは滝の圧力にどう処するか、ということです。

滝のパワーをまともに受けると、人の力では抗いきれません。

そのため滝に抗うのではなく、滝と1つになる、ということを目指しています。

 

このようなことは日常生活にも当てはめられる部分があります。

すなわち、日常生活では外部環境によってプレッシャーを与えられ、攻撃を受け、責められるようなことは多々あります。

そのような事象に対してどのように処するか、ということについては滝の圧力にどう処するかということと似ている部分があります。

外部環境による圧力についても自分の力だけで抗うことが困難なことは多々あります。

そのような場合にはねのけるだけではなく、その困難を受け入れることが一番の対処法である場合も実は多く存在します。

 

法律問題でいえば、法律的には何らかの金銭を支払わなければならない場合や、離婚等の身分関係の変化を受容しなければならない場合や、損害を避けられない場合等があります。

そのような局面に直面した場合に、どうにもならないことに力を尽くすのではなく、その問題を受け入れ、次になすべきことに最善を尽くすようなことも考えられます。

 

外部環境を受け入れる、という視点で考えることも時には必要ではないでしょうか。