投稿日:2017年03月07日

【札幌 弁護士コラム】豊かさを感じる思考習慣

(本記事は平成29年2月20日分の未投稿記事です。)

豊かさの定義は何か。

いきなり仰々しい話ですが、行動の指針を決めるには避けては通れないことです。

とはいってもかなり哲学的な話になってくるので1から議論することはやめておきますが、私(荒木)が仕事をしている中で思うのは、1つのこと(又は少数のこと)にとらわれ過ぎない状態が豊かさの1つの体現なのではないかということです。

 

豊かさを語るうえではよく「選択肢があること」というのが挙げられます。

このコラムでも少し前にサイコロおじさんの話を書かせて頂いたことがあります(気になる方は当サイトのトップ画面の検索エンジンに「サイコロ」と入れて検索してみて下さい。)。

 

確かに積極的な意味でいえばそのような切り口になります。

しかし、一方で弁護士を頼ってこられる方は、何かの部分で追い詰められて来られることが多々あります。

例えば借金問題であったり、離婚問題であったり、労働問題であったりします。

法律問題というものは放っておけないところがあり、何とか解決しなければ前に進めないこともあります。

これが個人の方であればなおさら心情的にそのような状態になってしまうでしょう。

 

一方で、専門家からすると「そこまで悩むことはないんじゃないの。」とか「他のところでもうちょっと頑張ったらいいんじゃない。」と思ったりすることもたびたびあります。

私などはそういうことを平然と言ってしまうタイプなので、言ってみるのですが、どうも納得して頂けない方も多くいらっしゃいます。

これが私が不思議に思っていることです。

 

専門家の意見を聞くと「ああそうなんだ。」といって安心して(又は諦めて)気持ちを切り替えるつもりが芽生えるものと考えていましたが、どうやらそうでもないようなのです。

弁護士のほうの説明が悪かったという可能性もあるのですが、どうも「問題が問題を呼んでしまう発想」に立ってしまう方もいます。

すなわち、何か困ったこと、嫌なことがあった場合にはそれを解決しようとするのではなく、報復しようという気持ちが先に立つような方です。

 

このような方の場合、復習合戦になってしまい、1つの案件が終わっても次の1件が始まっていく、というようながれができてしまいます。

これでは到底豊かさなど感じる余裕はありません。

 

豊かさを感じるためには日ごろから紛争の火種を生じさせない努力をするとともに、1つの問題に精神的にとらわれないような思考習慣を身に付けることも大切なのではないでしょうか。